運動学習3.0 運動学習に対する心理学的・脳科学的アプローチ
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はじめに

世の中には名伯楽と呼ばれるような人がいて、弱小チームを名門チームに引き上げてしまうような人もいますが、

果たして運動の教え方にコツのようなものはあるのでしょうか。

運動学習については研究の歴史も長く、様々な知見が蓄えられていますが、この記事では心理学的・脳科学的な知見を交えた運動学習理論について紹介をします。

自主性と外部への注意、デフォルト・モード・ネットワークの抑制

人間のパフォーマンスというのは機械のように単純ではなく、プレッシャーやモチベーションといった心理的な要因に大きく作用されてしまいます。

しかしながら運動学習に心理的要因を加えたモデルというのはどのように示されるのでしょうか。

以下は運動学習に心理的要因を加えたモデルですが、

これをざっくりと説明すると

・運動学習にはモチベーションと注意の向け方が大事

・モチベーションを高める方法は大きくは2つ、一つは自分で積極的に取り組むこと、もう一つは成功体験

・注意を向ける方向は内側(自分の体)よりも外側(ゴールそのもの)

ということになります。

この3点について、心理学的・脳科学的フレームワークに基づいて説明していきます。

なぜ運動学習では自主性が大事なのか?

運動学習というのは成功体験で加速していきますが、成功体験を積むためにはまず成功しなければいけません。

ではこの運動の成功というのはどのように促せるのでしょうか。

一つはモチベーションを高めることでしょう。

日常生活のことを考えてもやらされてやる仕事というのはモチベーションが上がりません。

自分がやりたい仕事を自分の裁量で行える仕事というのはモチベーションが上がります。

なぜモチベーションがあがるかというとこれにはドーパミンが関係しています。ドーパミンの作用は逆U字型であることが報告されていますが、適度に高いテンションというのはパフォーマンスを向上させる働きがあります。

人が自発的に取り組んでいる時には、適度にドーパミンの反応が高まりパフォーマンスが向上します。

また自主的に取り組んでいる時には、よりもっとうまくやろうという誘引が働きます。

さらなる上のレベルを目指して行動し続けることでより高いパフォーマンスが引き出され、より効率的な運動学習が促されることになります。

注意の問題:内側に向けるべきか、外側に向けるべきか?

運動学習で自主性に加えて大事なのが注意の方向性になります。

これはつまり注意を体の状態(膝や足首の状態、腰のひねり具合)に向けるのか、

あるいは注意を体の外側、なすべき運動のゴール(ボールをゴールに入れる、相手のコートの右隅に打ち返す)に向けるのかという問題ですが、

これについては外側に向けるべきということになります。

ではなぜ外側なのでしょうか。

デフォルトモード・ネットワークの問題

まずひとつはデフォルトモード・ネットワークの観点から注意を外側に向けるべきだというものです。

脳というのは様々な部分がつながって様々なネットワークを作っているのですが、その中でも強大なネットワークの一つにデフォルトモード・ネットワークというものがあります。

引用元:wikipedia「デフォルトモード・ネットワーク」

このデフォルトモード・ネットワークは何もしていない時の心の状態や想像、体の内部状態(お腹が痛い、のどが渇いた)といった情報処理に関わっているものなります。

ごくごく簡単に行ってしまえばぼんやりしている時の脳活動というのはデフォルトモード・ネットワークが活発に働いている状態ということになります。

このデフォルトモード・ネットワークとペアになる形でエグゼクティブ・ネットワークというものもあります。

引用元:wikipedia: “salience network”の図を改変

これはなにかに無心に打ち込んでいる時に活発に働くようなネットワークなのですが、

この2つのネットワークは上の図のセイリエンスネットワークを軸にシーソーゲームのように働いており、

片方が上がれば片方が下がるというようにできています(ぼんやりしながら集中はできませんよね)。

デフォルトモード・ネットワークは体の内部の情報を扱うネットワークですので、自分の体に注意を向けることでデフォルトモード・ネットワークが働きが強くなり、結果なにかに無心に打ち込む時に働くエグゼクティブネットワークの働きが弱くなります。

このようなネットワークの仕組みがあるので、注意は内側に向けるべきではないと考えることができます。

予測的符号化の問題

もう一つは運動実行における予測的符号化の問題です。

私達の脳というのは基本的にできるだけ驚かないで事を済まそうとします。

そのため常に一瞬先の状態を予想して見たり聞いたりしています(なので聞き間違いや見間違いというものがおこります)。

運動で言えば予測を自己実現するように、まず予測ありきで動くという運動システムがあります。

これはボールを取るのであれば飛んでくるボールを取っていることを予測して、その予測が実現されるように体を動かす、

ボールを投げるのであれば、投げたボールが遠くに飛んでいくのを予測して、その予測が実現されるように体を動かす、というようなものになります。

少し専門的な話になるのですが、従来の考え方では一次運動野は脊髄に向かって筋収縮の具体的な指令を出すものとして捉えられていたのですが、

近年の研究からは実際に脊髄の前角細胞に送っているのは、どのような運動命令ではなく、どのような運動感覚が引き起こされるかという運動感覚予測であり、

脊髄はこの感覚予測が実現されるようにαーγループを調整して、筋収縮を調整しているというモデルの妥当性が検証されています。

つまり、私達の脳は一瞬先の世界を予測するマシンであり、

運動で言えば一瞬先の世界の予測が実現されるように(飛んでくるボールをキャッチしている、ボールが遠くに飛んでいく)、脳は体を調整します。

それゆえ、注意を向けるのは体の内側ではなく、外の世界であったほうがよいという考え方になります。

キャッチャーに向かってボールを投げるのであれば注意すべきは自分の体の状態よりもキャッチャーミットのほうが良く、

飛んでくるボールを取るのであれば、注意すべきは自分の体の状態よりもボールそのものの方がよいということになります。

運動学習における好循環と悪循環

こういった知見を踏まえたとき、好ましい運動学習はどのようなものになるのでしょうか。

下の図に示すように、自発的に取り組む運動課題というのはモチベーションを高めますし、

加えて外部へ注目を向けることで高まったモチベーションと相まってパフォーマンスを上げ、このことで更にモチベーションが高まり、運動学習が促進されるという好循環が考えられます。

これに対して、自発性がない学習というのはモチベーションが下げますし、

加えて自分自身の内部状態に注意を向けることでパフォーマンスが低下し、このことで更にモチベーションが下がるという悪循環が起こることが考えられます。

幼児や子どもというのは考えることなくボールを追っかけ回していつの間にかたくましくなりますが、

大人になってもこれは同じで、内発的なモチベーションに基づいて対象そのものへ注意を向けることで運動学習というのが促進されるということになります。

まとめ

以上の内容ですが、参考までに引用文献で取り上げられていたまとめコメントを和訳したものを記しておきます。

理解する上で参考になると思いますので、ざっと目を通してもらえたらと思います。

【OPTIMAL理論】

※OPTIMAL ; Optimizing Performance Through Intrinsic Motivation and Attention for Learning

(内発的な動機と注意に基づいた最適化されたパフォーマンスとその学習)

1 ポジティブな結果を期待することでドーパミンの反応が高まり練習時のパフォーマンスが向上する

2 自主的に行動して良い結果を期待することで、課題目標をうまく実行できるように運動システムが調整される。

3 自主性を促すことで自らのパフォーマンスへの期待値が高まり、より高いパフォーマンスが引き出される

4 外部へ注意を向けることで課題目標に対する注目度が高まり、運動システムが課題目標の達成へ向けて最適化される

5 内部へ注意を向けることで自分自身に対する注目度が高まり、パフォーマンスが低下してしまう

6 外部へ注意を向けることでうまく動くことができ、その結果がさらなる次の成功への期待を高める

7 期待を高め自主的に動くことでドーパミンの反応が高まり、記憶の定着が向上し、神経系の発達が促され、運動学習が促進される

8 成功し、それに引き続いてさらに高みを目指してチャレンジすることでドーパミンの反応が高まる。この反応の高まりは成功のみから引き起こされるものやチャンレンジのみから引き起こされるものよりも強い。

9 高い期待をすることでデフォルトモード・ネットワークの活動が弱まり運動ネットワークの活動が高まる。このことで高い運動スキルが発揮される。

10 外部へ注意を向けることで脳活動がデフォルトモード・ネットワークから運動に関連したネットワークへスイッチングされる。

11 内部へ注意を向けることで脳活動がデフォルトモード・ネットワークから運動に関連したネットワークへスイッチングされづらくなる。

12 一般に、パフォーマンスを最適化する条件は学習を促進する。

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参考文献:

Wulf G, Lewthwaite R. Optimizing performance through intrinsic motivation and attention for learning: The OPTIMAL theory of motor learning. Psychon Bull Rev. 2016;23(5):1382-1414. doi:10.3758/s13423-015-0999-9

 

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