戦争の心理学:非人間化と暴力行動はどのようにして引き起こされるのか?
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はじめに

戦争では人間性が失われるという。しかし、なぜ我々は戦争中に殺人行為や破壊行為が出来るのだろうか。その背景には非人間化が関係していると考えられている。非人間化とは相手を人間と見なさなくなるような心の働きである。古来、戦時においては敵を人間以下の生き物、家畜や害虫に例えるプロパガンダが行われてきた。相手を人間と見なさなくなることで、私達は良心の軛から開放され、見るに堪えない行為を行えるようになるというのだ。今回の記事ではこのような非人間化と暴力行動が引き起こされる仕組みについて考えてみたい。

認知的不協和仮説

なぜ戦争では私達は、人を人と思わなくなるのだろうか。それを説明する一つの仮説として認知的不協和仮説というものがある。これは自分の信念と自分の行動が合致していない場合、信念を変えることで心の違和感を取り除く働きになる。小さな頃から人を殺すことが悪いことだと教えられてきた場合、戦場で自分が殺人を行った時には、強い認知的不協和が生じる。これを解消するために「相手は人間ではないのだ」という信念が生まれるのではないかという仮説である(Sturman, 2012)。しかし戦場で殺害行為を行った後、PTSDに似た症状が生じることがあり、これは道徳的傷害(moral injury)と呼ばれている。道徳に反することを行ったことが心の傷となり、苦しみが生じると考えられている(Griffin et al., 2019)

行動免疫系仮説

行動免疫系( behavioral immune system )と呼ばれる耳慣れない言葉がある。これは私達が感染リスクを低下させるために進化の過程で身につけた様々な行動を引き起こすシステムである。例えば排泄物や血液に対して本能的に不快感を覚えたり、見知らぬ土地では用心深くなったりするものでなる。古来、病原菌は見知らぬ土地からやってくる見知らぬ他者から持ち込まれてきたこともあり、他所者に対して排他的・攻撃的になる傾向がある。また戦争における殺害行為は「浄化」などの衛生観念と結び付けられることがあるが、そこには感染症状を避けようとする本能的な傾向が関係しているのではないかというのが、行動免疫系仮説である(Landry et al., 2022)。パンデミック時のアジア人差別や県外越境者への攻撃行動を思い出すと、これも行動免疫系による非人間化だったのかなと思うがどうなのだろう。

亜種概念仮説

相手は人間とは似ているが、人間と似た亜種と見なすことにより、非人間化や暴力行動が引き起こされることがある。しかし、相手を人間の亜種と捉えるためには高度な認知能力が必要とされる。世界を様々な概念で切り分ける能力(文明人、未開人、アジア人、イスラム教徒、黒人)、本質論的思考(文明人には理性があるが、未開人には理性がない、など)、階層的思考(人間は偉いが、人間以外は人間以下である、など)などである。これらの高度な認知能力と霊長類全般に見られるテリトリー防衛本能が合わさることで、他所者を人間の亜種とみなし、暴力行動が引き起こされると考えられている(Smith, 2011)。またある種の人間を人間未満と捉えるような傾向は、非人間化や排斥行動、攻撃行動を予測することを示した研究もある。具体的には以下の図で、よりサルに近い方を選ぶ人ほど、ある種のグループに対する非人間化傾向や排斥傾向、攻撃傾向が強いことが示されている(Kteily et al., 2015)。

Kteily et al., 2015 Figure 1

 

 

 

 

 

 

 

 

男性戦士仮説

これは戦争が起こる理由として、男性が本能的に好戦的だからだと考える仮説である。2つのグループがテリトリーを巡って争っているとする。相手からテリトリーを奪ったほうがより多くの資源を獲得できることになり、そのグループはより子孫を増やせるようになる。このような場合には、男性はリスクを取って攻撃行動を取る方がよい。なぜなら戦争で男性が死んだとしても、もし戦争に勝てば、残った男性と女性で子孫を増やすことが出来るからだ。それに対して女性はテリトリーを巡って緊張状態にある時には逃避行動を取りやすい。なぜなら女性が戦いに参加して死んでしまえば、戦争で勝ったとしても、子供を産める人が減ってしまい、人口が増えないからだ。このような理由により、テリトリーを巡って緊張状態にある時には男性は、他のグループに対して攻撃行動を取りやすいのではないかと考えられている(Van Vugt et al., 2009)。

まとめ

戦争において人間は人間らしさを失うが、実は人間らしさというのは限られた状況で見られる貴重なものなのかもしれない。戦争で見られる不必要なまでの残虐行為は450万年前に祖先を同じくしたチンパンジーでも頻繁に見られるという。幸せに生きる鍵は、変えられるものと変えられないものを見極めることにあるという。変えられないものを直視した上で、変えられるものを変えていく努力をしていきたい。

 

【参考文献】

Griffin, B. J., Purcell, N., Burkman, K., Litz, B. T., Bryan, C. J., Schmitz, M., Villierme, C., Walsh, J., & Maguen, S. (2019). Moral injury: An integrative review. Journal of Traumatic Stress, 32(3), 350–362. https://doi.org/10.1002/jts.22362

Kteily, N., Bruneau, E., Waytz, A., & Cotterill, S. (2015). The ascent of man: Theoretical and empirical evidence for blatant dehumanization. Journal of personality and social psychology, 109(5), 901–931. https://doi.org/10.1037/pspp0000048

Landry, A. P., Ihm, E., & Schooler, J. W. (2022). Filthy Animals: Integrating the Behavioral Immune System and Disgust into a Model of Prophylactic Dehumanization. Evolutionary psychological science, 8(2), 120–133. https://doi.org/10.1007/s40806-021-00296-8

Smith, D. L. (2011). Less than human: Why we demean, enslave, and exterminate others. St. Martin’s Press.

Sturman, E. D. (2012). [Review of the book Less than human: Why we demean, enslave, and exterminate others, by D. L. Smith]. Journal of Social, Evolutionary, and Cultural Psychology, 6(4), 527–531. https://doi.org/10.1037/h0099231

Van Vugt, M., & Park, J. H. (2009). Guns, germs, and sex: How evolution shaped our intergroup psychology. Social and Personality Psychology Compass, 3(6), 927–938. https://doi.org/10.1111/j.1751-9004.2009.00221.x

 

 

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