赦すことの脳科学:人を許すとはどのようなことなのか?
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はじめに

どちらかといえば穏やかな性格である。人に対して怒りを感じることも年に数回くらいのものである。しかし、というべきか、だから、というべきか、どちらかというと赦すことは比較的苦手である。一度怒りや憎しみを持ってしまうと、それを洗い落とすには結構長い時間がかかってしまう。赦すというのは酸いも甘いも噛み分けた大人に許される行為だが、人を許すためにはどのような心の働きが必要なのだろうか。またそれにはどのような脳機能が関係するのだろうか。今回の記事ではその点について考えてみたい。

赦すことの3要素

ある説によると、赦すことには3つの要素が関係してくるという。一つは認知的コントロールである。会えば怒りが湧いてくるような相手を目の前にしても、その怒りを抑えるような理性的な心の働きである。もう一つは視点取得である。これは怒りを感じる様なシチュエーションを様々な視点で見るような能力である。相手の立場になって考えてみたり、あるいは冷静な第三者だったらこの状況をどう見るかを考えるような心の働きである。もう一つは社会的評価である。怒りや恨みを感じる相手を赦していい時と赦してはいけない時がある。ましてや赦すことでさらなる損害が加わるようなら、赦すという判断は決して正しいものではない。赦すことで相手とのその後の関係でよいことががある時には赦そうという気持ちが湧き上がるし、そうでなければそのような気持ちが湧き上がらないという。

以下の表と図はこれらの赦しに関わる要素と、それに関係する脳領域を示したものだが、いくつか具体的な研究の内容を紹介する。

Fourieら, 2020年、table 1を参考に筆者作成

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fourieら, 2020年、figure 1を参考に筆者作成

 

 

 

 

 

 

 

 

認知的コントロール

認知的コントロールというのは文字通り湧き上がってくる感情を冷静にコントローする心の働きである。金銭ゲームを用いたいくつかの実験では不公平を働いた相手を許す時には、理性の中枢である背外側前頭前野や心理的葛藤に関わる前帯状皮質の活動が高まることが報告されている。興味深いことに、背外側前頭前野に磁気刺激を加えることで、不公平を働いた相手を赦そうという気持ちが弱まり、むしろ罰しようとする気持ちが強くなったことが報告されている(Sebastianら, 2011年)。お酒を飲むと前頭前野の働きが弱まることを考えると、揉め事の話し合いはシラフの場が良いのかもしれない。

視点取得

誰かを赦すためには他者の視点を取る必要がある。ひょっとしたら相手にもやむを得ない事情があったかもしれないし、客観的に見たら自分にも火があったのかもしれない。そういった視点を取れることで相手を赦せることもある。いくつかの研究から他者の視点を取って相手を赦しているような時には、側頭頭頂接合部の活動が高まることが報告されている。この領域は様々な情報をもとに相手の気持ちを感じ取ることに関わる脳領域である。最近行われた赦しに関わる研究のレビュー論文では、13本の赦しに関わる研究の内、11本で側頭頭頂接合部の活動が関係しており、この領域の活動が高いほど、相手を赦しやすかったことが報告されている(Fourieら, 2020年)。相手の気持に立ってみるというのがやはり相手を許す上で大事なのかもしれない。

社会的評価

赦すことは美しいが、それでも赦していけないようなときもある。相手が反省してもう悪いことをしないようであれば赦してもいいかもしれない。しかし、今後も継続して悪いことをするようであれば、赦したところであなたの人生が決して良いものになるわけではない。実際の脳の中では、赦しに際して損得計算が行われていることを示す研究がいくつかある。つまり赦すことで今後のメリットがあれば赦すが、そうでなければ罰する方を選ぶように脳が仕向けるというのだ(Fourieら, 2020年)。さらに赦しの判断には社会的な規範も働く。日本であれば芸能人や政治家ののスキャンダルは散々に叩かれるが、それでも筋を通して頭を深々と下げれば許されるようなカルチャーもある。許しに際しては損得判断の他に、社会規範的な判断も影響するが、脳の中では前頭眼窩野や腹内側前頭前野と呼ばれる場所がこういった認知過程に関連して活動することが報告されている。

まとめ

このように誰かを赦すというのは、いくつかの認知的要素が絡んでいる。感情を抑えたり、相手の立場に立ってみたり、損得や社会的規範で考えてみることで、始めて誰かを赦せるようになるものらしい。そう考えてみれば、誰かを赦すというのは土俵際に追い詰められた力士が片脚で背を反らせて踏ん張るような難しさがあるようにも思える。誰かを赦すことも罰することもそれなりにリスクを伴う行為である。人生で大ゴケしないよう、心の足腰をしっかりと鍛えたい。

 

【参考文献】

Fourie, M. M., Hortensius, R., & Decety, J. (2020). Parsing the components of forgiveness: Psychological and neural mechanisms. Neuroscience and biobehavioral reviews, 112, 437–451. https://doi.org/10.1016/j.neubiorev.2020.02.020

Sebastian, C. L., Tan, G. C., Roiser, J. P., Viding, E., Dumontheil, I., & Blakemore, S. J. (2011). Developmental influences on the neural bases of responses to social rejection: implications of social neuroscience for education. NeuroImage, 57(3), 686–694. https://doi.org/10.1016/j.neuroimage.2010.09.063

 

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