欲望の三層構造:能動的推論から捉えるヒトの行動原理
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私達はどうやって欲望と折り合いをつけているのか?

私達人間は欲望の生き物です。

あれがしたい、これがほしい、全てが叶えられない中で日々意識的に、あるいは無意識的に何かを選んで行動しますが、これにはどのようなメカニズムが働いているのでしょうか?

この記事では、予測的符号化と能動的推論をキーワードに、ヒトの行動選択のメカニズムについて説明します。

予測的符号化とは?

予測的符号化というのは、過去の記事で何度か紹介してきているのですが、

何かを見たり聞いたりするときには、それそのものを見ているわけではなく、

頭の中で、きっとこうだろうという期待をベースに見たり聞いたりしています。

つまり今までの経験を現在の状況に当てはめたときに、次の瞬間に目に入ってくるのはきっとこうだろうと見込みを立てながら認知しているということで、

ごくごく端的に言えば、思い込みベースでヒトは情報処理しているということです。

またヒトが何かを認知するときには、その認知は階層構造になっていることが知られています。

休日にサッカーや野球でボールを追いかけるときには、

高次の認知として「今、野球をしている」という信念があり、

その信念に沿う形で目に入る景色の中でも「バットやボールがあるはずだ」との信念のもと、ボールやバットは優先的に目に飛び込んできますし、

これらの情報処理を推進するように、普段にましてバットやボールを示す直線や円を示す低次の情報処理が優先して行われるようになります。

つまり、「今、野球をしているので視界にはボールやバットがあるはずで、今、このタイミングであそこにあんなふうにボールやバットが見えるはずだ」との見込みのもと、脳が一歩先を読みながら活動するので、スムーズに野球に関する情報を処理していくことができます。

能動的推論とは?

予測的符号化というのは、何かを見たり聞いたりする一瞬前の段階で次の場面に関する予測を立てるようなものなのですが、

もし予測がうまくいかなければ、その予測は立て直されてもっと精緻なものになっていきます。

 

引用元:大平英樹(2017).予測的符号化・内受容感覚・感情.エモーション・スタディーズ,3, 2–12.

上の図では黒色が事前の予測、赤色が実際の感覚信号、青色がそれを受けて修正された新たな予測になります。

野球をしていて、この辺にボールが転がってくるだろうと予測して構えていると(黒色)、もしそれが違うところに飛んできたようなときには(赤色)、次の予測はより精緻になり、現実に即したものになっていきます(青色)。

なぜ脳がこのようなことをするかというと、一説によると限りなく省エネで行くために、言い換えればできるだけ驚くことなしに生きていけるようにとも言われています。

脳は一瞬先を予測し、間違っていたら予測を修正し、次はできるだけ驚かないようにまた予測するということを繰り返し、いずれはほとんど驚くことなく、ほぼ見込み通りに色んなものを見聞きできるようになっていくのですが、

驚かないですむためには、予測したどおりのものしか着目しないというものもあります。

たとえエビデンスが確立されていなくても、この治療法は必ず効果があると強く信じていれば、良い効果だけに着目して「効果がある!」と認識します(血液型占いや今日の占いもこれにあたります)。

つまりトップダウン的に、自分の予想が当たるように自分の心と体を予想の方向へ振り向けるという方法でも、驚かなくてすむのですが、こういった方法は能動的推論と呼ばれています。

この能動的推論は、何かを認識するだけでなく、体を動かすときにも起こることが考えられています。

一例を上げれば、近年の研究からは、一次運動野は運動の実行ではなく、運動の結果得られる感覚の予測をしていることが考えられています(一瞬先の肩や肘の曲がった状態で感じる感覚を予測していると考えてください)。

一次運動野は、その感覚予測を脊髄に送り、脊髄はその感覚予測が実現されるようにαーγループを使って筋の収縮を調整します。

その昔、野球の指導を受けている時に、ボールが飛んできたら、まずボールを捕球したところをイメージしなさいと言われたことがあります。

もし捕球できているところをイメージできていれば、その時の手足の位置がどうであろうとイメージ通りになるように身体が突っ走るように動かしてくれるのですが、これが一次運動野が脊髄を介して、予測される身体感覚を実現するためと考えることができます。

脳は基本的に省エネで動きたいので、できるだけ驚くことなく事を済まそうとします。

それゆえできるだけ現実に即した予想を立てて対象に向かったり、あるいは予想通りになるように能動的に心や身体を動かしたりするのですが、

後者の仕組みは能動的推論と呼ばれ、上の図を例に取れば

得られる感覚信号を無理やり自分の予測の方へ引っ張ってくるようなあり方になります。

これが予測的符号化における能動的推論というものなのですが、これが人間の意思決定に結びつくのはどのような形でなされるのでしょうか。

意思決定の三層構造:理性と感情の結婚

さて私達の精神生活のことを考えてみましょう。

泣けば何でももらえる赤ちゃんと違って私達はなすことやること、一つ一つ考えなければいけません。

一つは内的欲求、魂の叫びのようなものがあります。

週末、仕事が終わって回転寿司屋さんで腰を掛けているのなら

「お腹が減った」

「お金をためたい」

「今週は仕事を頑張った」

などなどの魂の叫びが心の奥から聞こえてきます。

しかし魂の叫びだけでなく、社会に生きる私達は世界の訴え、世界の事実にも耳を傾けなければいけません。

「目の前を500円の皿が流れている」

「このお店は値段の割にあんまり美味しくない」

「今日は全品割引デーである」

などです。

あなたが回転寿司屋さんで何かを食べようとする時、あなたの脳は様々な魂の叫びと様々な世界の事実との間で折り合いをつけなければいけません。

魂の叫びと世界の事実は、時折矛盾しぶつかり合いますが(「お腹が減った」vs「このお店は美味しくない」)

時には魂の叫び同士もぶつかり合いますし、(「お腹が減った」vs「お金をためたい」)、

更には同じ世界の事実同士で競合したりもします(「大好きなウニのお皿」vs「大好きなイクラのお皿」)。

ではこのような魂の叫びと世界の事実というのは脳の中でどのように折り合いをつけているのでしょうか。

能動的推論における意思決定では、ヒトの意思決定には2つのシステムが関係すると考えます。

一つはホットなシステムで、これは欲求に基づく意思決定、いわば魂の叫びに基づく意思決定です。

もう一つはクールなシステムで、これは認知的な意思決定、いわば世界の事実に基づく意思決定です。

このそれぞれのシステムは階層的な構造をとっていて、

一番下の階層は、感覚運動的なものになります。

ホットなシステムで言えば「お腹が減った」という原始的な欲求になりますし、

クールなシステムで言えば「目の前を500円の皿が流れている」という事実から引っ張られるアフォーダンスのようなものになります。

(※)アフォーダンスとは、何かを見ると、ある動作が促されるような、そのものが持つ性質。ドアのノブを見ると握って回したくなり、コップを持つと握って持ち上げたくなり、回転寿司の皿が目の前にくると自然と手を伸ばしたくなる。

次の階層は意味的なものになります。

ホットなシステムで言えば、「お金をためたい」という欲求になりますし、

クールなシステムで言えば「このお店は値段の割にあんまり美味しくない」という事実に基づくものになります。

最も高い階層はエピソード的なものになります。

ホットなシステムで言えば「今週は仕事を頑張った」という感覚になりますし、

クールなシステムで言えば「今日は全品割引デーである」という事実認識になります。

これをマトリックスにまとめると以下のようになるのですが、

エピソード的文脈 意味的文脈 感覚運動的文脈
クール(認識系)世界の事実 「今日は全品割引デーである」 「このお店は値段の割にあんまり美味しくない」 「目の前を500円のお皿がまわる」
ホット(欲求系)魂の叫び 「今週は仕事を頑張った」 「お金をためたい」 「お腹が減った」

 

回転寿司屋さんで腰を掛けて、その手を伸ばすときにはこのような競合する要素を取り持って一つの結果を出さなければいけません。

しかしながら、このエピソード性や意味性、身体性というのは脳のどの辺が関わってくるのでしょうか。

以下はこれを図にしたものですが、

このように上位の階層からトップダウン的に下に向かって調整されるような仕組みになっています。

なので、ホット系でみてみると、最上位の階層(エピソード的文脈)で、「今週は仕事を頑張った」という感覚は、中位(意味的文脈)の「お金を貯めよう」という感覚を抑えて、さらにそれは最下位(運動感覚的文脈)の「お腹が減った」という感覚のブレーキを外すことになります。

これがもし最上位の階層で、「今週はお金を使いすぎた」という感覚は、中位の「お金を貯めよう」という感覚を強め、これはさらに最下位の「お腹が減った」という感覚にブレーキをかけることになります。

このようにクールな認識系もホットなモチベーション系もともにトップダウン的に下位の感覚を抑えていくのですが、このクールな認識系とホットなモチベーション系はどのように折り合いをつけているのでしょうか。

脳の中には大脳皮質だけでなく、大脳基底核と呼ばれる領域があり、

この大脳基底核は大脳皮質とつながっていろんな神経回路を作ることが知られています。

引用元:畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター「10分でわかる脳の構造と機能vol 6「大脳基底核」」

この皮質と基底核を結ぶループは、それぞれ別立てで縦につながっているわけではなくて、お互いに枝を伸ばして水平方向にもつながっています。

 

少し入り組んでいてわかりにくいのですが、

大脳基底核ループを水平に結ぶ形で、クールな認識系とホットなモチベーション系からの情報が前帯状皮質でまとめられること、

さらにホットなモチベーション系がクールな認識系をドライブしていることが分かると思います。

脳は次の一手を確実にするものを好む

このように脳は意思決定にあたって

・クールな認識系とホットなモチベーション系の両方を使い

・いずれのシステムも、エピソード的文脈→意味的文脈→感覚運動的文脈の流れで調整され、

・ホットなモチベーション系がクールな認識系をドライブする形になるが、その調整は前帯状皮質で行われる

という仕組みで動いているのですが、もう一つ大事なものに次の一手を確実にする方向に流れるというものがあります。

これはポーカーゲームを考えてもらえればよいのですが、

カードを選んで捨てるときというのは、このカードを捨てれば、何らかの役になりやすいというような見込みで選んでいます。

つまり一つ手を打つごとにどんどん成功の確率も上がり、かつ成功パターンも具体化していくように手札を切っていきます。

図で言えば

次の一手の予測が精度(幅)も確率(高さ)も鋭く高くなるように、手札を切っていきます。

脳もなにか手を打つときには今までの経験をもとに、この手を打てば精度も確率も高まるものを好み、それを優先します。

長大なレポートに取り掛かるよりは、SNSにポストした方が精度も確率も高いので、ついつい安楽な方に引っ張られますが、

長大なレポートも、一度取り掛かると一歩前に進んで先が見えて精度も確率もどんどん高まってきますので、脳もそれを優先するようになります。

まとめ

このように何かをしようと決める時、意思決定をするときには随分複雑なシステムが働いています。

しかしながら肝になるのは、

・脳はエピソードに弱い(今日だけやろう)

・脳は確実性のあるものに弱い((レポートを書くにあたって)ファイルを開くだけやってみよう)

・脳は合理性よりも感情を好む(仕上がったときの感情を妄想する)

ということで、

モチベーションをあげるにはいろんな手段があるのかなと思いました。

おまけ

以上をポエジーな解釈をすれば、脳は暗闇の中で光へ向かって歩むものだとも考えられます。

私達は、ぼんやりした光よりは明るい光がある方に進みますし、

一歩進むごとに、徐々に明るい光に包まれることを好みます。

目標を持つということは光を強めることに当たり、

その目標を具体化して、手の届く距離に置くことで、

光の絞りはより狭まり、光量も増し、より足を進めやすくなります。

ゾウリムシのはるか昔から私達は光に向かって進むように設計されてきたのかなと思いました。

【参考文献】

Pezzulo G, Rigoli F, Friston KJ. Hierarchical Active Inference: A Theory of Motivated Control. Trends Cogn Sci. 2018;22(4):294-306. doi:10.1016/j.tics.2018.01.009

O’Reilly RC. Unraveling the Mysteries of Motivation. Trends Cogn Sci. 2020;24(6):425-434. doi:10.1016/j.tics.2020.03.001

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