目次
はじめに
身近な人が亡くなった時には強い悲しみの感情が引き起こされます。この感情は悲嘆とも呼ばれますが、元気がなくなるだけでなく、故人のことを繰り返し思い返したり、追い求めたりする傾向があります。また、悲嘆症状が長期(1年半以上)に渡った場合には複雑性悲嘆と診断されることもあり、全世界でおよそ2億人が該当するとも言われています。今回の記事では、悲嘆に関わる脳活動を調査した研究(Chen et al., 2020)を紹介します。
方法
被験者は過去1年以内に身近な人を亡くした男女35名を対象に実験が行われました。対照群(身近な人を亡くしていない人)と比べて、脳の中のつながりがどのように違うのかをfMRIを使って調べました。また悲嘆の程度については、複雑性悲嘆質問票(ICG)によって評価されました。
悲嘆の評価:複雑性悲嘆質問票(Inventory of Complicated Grief; ICG)とは?
脳の中には扁桃体と呼ばれる、ネガティブな感情と密接に関連する部分があるのですが、この扁桃体と他の脳領域とのつながりがどのように変化しているかについて調べています。
扁桃体との繋がり先として検討された脳領域は以下となります。
・デフォルトモードネットワーク後部領域(楔前部・内側側頭葉:自己意識に関連)
・エグゼクティブネットワーク(下前頭回・中前頭回・上前頭回:感情のコントロールに関連)
・セイリエンスネットワーク(顕著な刺激の認識に関連)
・海馬・海馬傍回(記憶関連領域)
・視床(感覚情報処理)
結果
結果として、扁桃体と他の脳領域とのつながりの程度で悲嘆の深さや悲嘆症状の悪化を予測できることが示されました。
具体的には以下の結果が示されています。
・身近なものを亡くし、悲嘆のあるものは、そうでないものと比べて、扁桃体とデフォルトモードネットワーク後部領域や海馬、視床とのつながりが強い。
・扁桃体と海馬・海馬傍回とのつながりが強いほど悲嘆症状が強い。
・扁桃体とエグゼクティブネットワーク・セイリエンスネットワークとのつながりが強いほど、悲嘆症状が将来的に強くなる。
まとめ
このように悲嘆症状は、扁桃体を中心としたネットワークの変化として示されるのではないか、またこの方法により、複雑性悲嘆を予測しうるのではないかと論じられています。
心の有り様は複雑で脳のネットワークとして還元されるものかは十分議論される必要があるものの、一つの参考にはなるのかなと思いました。
【参考文献】
Chen, G., Ward, B. D., Claesges, S. A., Li, S. J., & Goveas, J. S. (2020). Amygdala functional connectivity features in grief: a pilot longitudinal study. The American Journal of Geriatric Psychiatry, 28(10), 1089-1101. https://doi.org/10.1016/j.jagp.2020.02.014