目次
はじめに
社会というのは相互依存関係で成り立っています。
それゆえ、他者にどのように動いてもらうかというのは私達人間の永遠のテーマでもあり、
この動かし方を体系化したモチベーション・マネジメントという物騒な学問もあります。
しかしながらこのモチベーションというのは脳科学的・生理学的に考えた場合どのようなものなのでしょうか。
またモチベーションとの関連では好奇心というものもありますが、この好奇心を引き出すにはどうすればよいのでしょうか。
この記事ではモチベーションと好奇心のメカニズムについて説明します。
外発的モチベーションと内発的モチベーション
よく言われているようにモチベーションには外発的モチベーションと内発的モチベーションがあります。
外発的モチベーションとは、お金がほしいから仕事を頑張るだとか、褒めてほしいから宿題を頑張るだとかというようなモチベーションになります。
つまり、それそのものが好きなわけではないのですが、何かしら餌につられて頑張ってしまうようなモチベーションです。
それに対し、内発的モチベーションとは、仕事が面白いから仕事を頑張る、勉強が楽しいから勉強を頑張るというようなモチベーションで、それをすること自体がすでに報酬になっているようなモチベーションになります。
外発的モチベーションはヒトをマネジメントするには扱いやすいものなのですが、これには問題点もあります。
というのも、ヒトはお金にしても褒め言葉にしても、いずれは慣れてしまい効果が薄れてしまうからです。
こういったこともあり、最近のマネジメント理論は内発的モチベーションを引き出すことに主眼が置かれているようです。
神経心理学的研究では、ある認知課題を報酬付きで行わせた群と、報酬無しで行わせた群で比べてみると、報酬付きで課題を行わせた群は報酬があるときには脳の中の報酬系と呼ばれるやる気に関わる脳領域の活動が高まっていたのですが、
報酬をストップすると、この報酬系の活動が低下したこと、しかしながら報酬なしの方は回数を重ねても報酬系の活動が低下しなかったことが報告されています(Lee et al. 2016)。
つまり前者は報酬を与えることでやる気が引き出されていたのですが、後者は課題をすることそのものが報酬となり、あえて外部から報酬を与えなくても報酬系が自己発火していたということになります。
こういった事を考えると、モチベーションを引き出すには多少手間がかかっても本人の内発的モチベーションを引き出したほうが良さそうですが、この内発的モチベーションに関わる報酬系とはどのようなものなのでしょうか。
報酬系とドーパミン
この報酬系ですが、これは脳の中でも進化的に古い領域である皮質下領域と進化的に新しい大脳新皮質が結ばれてできるような構造になっています。
具体的に図を示すと以下のようになるのですが、
引用元:報酬系その② 報酬系におけるドーパミンの特徴とは?「リハ辞典+」
これらの領域はドーパミンを介して情報を伝えあっています。
このようにドーパミンを介して活動するような神経細胞はドーパミン作動性ニューロンと呼ばれるのですが、
このドーパミン作動性ニューロンには大きくは2つの活動の仕方があると考えられています。
一つはどんなときでも定常的に発火しているような活動の仕方で、これは持続性モード(tonic mode)と呼ばれています。
世の中にはこの定常的な発火の程度が高い人もいれば低い人もいるのですが、常にキョロキョロと何かを探しているようなタイプの人はこの持続性モードに基づく活動が高い人にあたります。
もう一つはなにかのイベントに反応して発火するような活動の仕方で、これは一過性モード(phasic mode)と呼ばれています。
通常、この2つのモードが混じり合って、私達の精神活動を調整しています。
引用元:Tyler, William & Boasso, Alyssa & Charlesworth, Jonathan & Marlin, Michelle & Aebersold, Kirsten & Aven, Linh & Wetmore, Daniel & Pal, Sumon. (2015). Suppression of human psychophysiological and biochemical stress responses using high-frequency pulse-modulated transdermal electrical neurosignaling.. bioRxiv. http://biorxiv.org/content/early/2015/02/08/015032. 10.1101/015032.
このなにかのイベントに対応して一過性に活動するような一過性モード(phasic mode)に関わる神経細胞には2種類あり、
一つは好ましいことにだけ反応するようなタイプの神経細胞でvalue-coding(価値コード)ニューロンと呼ばれ、価値のあるものだけに反応するような神経細胞になります。
もう一つは好ましいことにも嫌なことであっても、際立った刺激であればなんにでも反応するsalience-coding(セイリエンスコード)ニューロンと呼ばれ、反応するかしないかの基準がその刺激が際立っているか否かというような神経細胞になります。
ちなみにこの日本語では聞き慣れないセイリエンスということばですが、これは黒ずくめのスーツの集団の中で赤いスーツを着ていて目につくような「際立った」という意味合いの言葉になります。
引用元:Facebook:Salience Consulting
一説によると、内発的モチベーションはこのセイリエンスコードニューロンとの関係性がある(Domenico and Ryan. 2017)と考えられているのですが、これはなぜなのでしょうか。
脳の中のセイリエンスネットワーク
脳というのは無数のネットワークの集合体なのですが、その中でも大きなものにデフォルトモードネットワークとエグゼクティブネットワークというものがあります。
デフォルトモードネットワークというのはぼんやりしている時に活動しているようなネットワークで、自分の想像の世界に遊んだり、自分の体の中に気を向けたりする時に活動しているようなネットワークです。
ごくごくざっくり言えば気持ちが内向きに向いている時に活動するネットワークです。
もう一つのエグゼクティブネットワークというのは、何かを一生懸命やっているような時働くネットワークになります。夢中でテニスでボールを追っかけていたり、百ます計算をやっていたり、エクセルに数字を打ち込んだりしているような時に活動するネットワークになります。
ごくごくざっくり言うと、気持ちが外に向いている時に活動するようなネットワークになります。
普段生活していても私達の意識というのはこの内向きの意識と外向きの意識を行ったり来たりしているのですが、こういった気持ちの切り替えに関わっているのがセイリエンスネットワークと呼ばれるネットワークです。
カフェの椅子に腰を掛けていて、素敵な異性がいると(セイリセンスな刺激)私達の目は自動追跡モードになって目で追ってしまいますが(エグゼクティブネットワーク)、お腹がグーッとなると(セイリエンスな刺激)気持ちが切り替わり、今日の晩ごはん何にしようなどとぼんやり考えます(デフォルトモードネットワーク)。
この関係性を図にすると以下のようになります。
引用元:Wikipedia:Salience network
このデフォルトモードネットワークとエグゼクティブネットワークというのはシーソーゲームのようにどちらかが高くなればどちらかが低くなるという関係性になっていますが、
なにかに夢中になって我を忘れている状態というのはデフォルトモードネットワークの活動が低下して、エグゼクティブネットワークの活動が高まっているような状態になります。
なにかに夢中になるという過程は、好きなものに突き進み、嫌なものからは離れるという2つの行動から成り立っていると思うのですが、セイリエンスコードニューロンによって駆動されるセイリエンスネットワークは、この2つの行動に関わっており、それゆえ内発的モチベーションに関わっているのではないかと考えられています。
好奇心とは何か?
好奇心というのは内発的モチベーションに基づいて、何かをしたくなったり知りたくなったりするような感情のことですが、この好奇心というのは心理学的に考えるとどのようなものなのでしょうか。
この好奇心を突き動かすものとしては心理学的に4つの要因が考えられています(Gottlieb et al. 2016)。
一つは新奇性、目新しさです。
新商品が出ればついつい買いたくなり、新しいお店がオープンすると覗いてみたくなりますが、この目新しさというのは好奇心を駆動します。
もう一つは驚き、サプライズです。
通常私達は予測の範囲で物事を見ていますが、しばしば予測を外れた現象にあたることもあります(ビジュアル系の大学教授や驚きの低価格など)。
こういったときは驚きの感情とともに好奇心が惹起されます。
さらにもう一つは報酬です。
同じクロスワードパズルでも懸賞付きと懸賞なしだと前者のほうが夢中になりやすいと思うのですが、報酬というのはそれ自体好奇心を刺激します。
最後のもう一つが不確実性です。
確実に取れるものというのは好奇心を刺激せず、頑張っても絶対取れないようなものも好奇心を刺激しないのですが、
ひょっとしたら取れる、うまいことやれば取れるというようなレベルの不確実性は好奇心を刺激します。
パチンコにしても、ガチャにしても、あるいは仕事やリハビリにしても、不確実性というのはうまく使えば好奇心を引き出すことができます。
このように好奇心を駆動するものとして
新奇性、驚き、報酬、不確実性があるのですが、これらの目指すところというのは一言で言ってしまえば、世の中の不確定性を減らそうという試みです。
世の中というのは不確定性に満ちており、一瞬先がどうなるのかは分かりません。そのためできるだけ不確定性を減らして無事に生きていけるように好奇心が進化の歴史で発達したという考え方があります。
しかしながらこれだけでは私達の行動を説明できません。
というのも私達は、好奇心に促されて、自ら見知らぬ世界へ出向いてき、わざわざ不確定性を増やす行動も取るからです。
このように好奇心というのは不確定性を減らそうという衝動であるのと同時に、しばしば私達は好奇心に促されるまま不確定性を増やすかのように見知らぬ領域へ飛び込んでいきますが、
こういった2つの矛盾した行動はどのように説明できるのでしょうか。
好奇心と学習進歩仮説
この2つの矛盾した現象を統合する理論に学習進歩仮説というものがあります。
これは学習の進歩それ自体が報酬になって更にモチベーションがあがるというような考え方になります。
スポーツでも仕事でも頑張っていると、どんどん実力がついていって自分の成長を感じることができますが、
私達の脳はこういった成長自体を喜びとして感じ、この成長感覚を求めてさらに頑張るという仕組みがあるようです。
そのためある分野で頑張ってどこかの時点で能力が高止まりして成長率を維持できないと感じると、枠を飛び出して
別の分野に踏み出していくという行動が引き起こされるのではないかと考えられています(Gottlieb et al. 2016)。
子供や部下や生徒がやる気を出してくれないのであれば、そもそも与えた枠が間違っていたか(適性が低いので成長率が低い)、
あるいはもう枠の外へ出す時期なのに(簡単すぎて成長を感じられない)、まだ枠の中に閉じ込めておいているからかのどちらかということになります。
まとめ
このように内発的モチベーションを関係するシステムとしてドーパミンによって駆動されるセイリエンスネットワークがあり、
このセイリエンスネットワークは好きなものと嫌いなものの両方に反応するセイリエンスコードニューロンによって駆動されます。
内発的モチベーションと関わるものとして好奇心がありますが、
この好奇心を駆動するものとして、新奇性、驚き、報酬、不確定性がありますが、これだけでは不十分で
成長感覚というものが内発的モチベーションを維持するために必要となってきます。
「好きこそものの上手なれ」という言葉もありますが、
人生の目的が自己実現であり、教育が豊かな人生を育むものであるならば、
教育で求められるのは100の知識や技術を教えることではなく、
1つの「好き」を生徒自身に気づかせることなのかなと思いました。
モチベーションの理論と実践に関するより分かりやすい資料をご提供いたします。
ご興味のある方は以下よりお申し込みくださいませ。
参考文献: