説得の科学:その心理学的枠組み
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はじめに

子育てでも仕事でも説得というのは至難の業である。説得は説明や論破とは同じものではない。相手の気持を変えて、相手の行動を変える必要がある。しかし、この説得というのは科学的にはどのように説明されうるのだろうか。今回の記事では説得に関わるいくつかの科学的知見を紹介したい。

説得の定義とアリストテレスの説得論

説得について考える前に、まず一度、説得の定義について確認しておこう。この分野の第一人者でシカゴ大学で教鞭をとったCacioppoによると、

「説得とは、個人、集団、または社会的実体(政府、政党、企業など)が、情報、感情、論理を伝達することによって、個人または集団の信念、態度、行動を変えようとする能動的な試みを指す。」(Cacioppo et al., 2018)

としている。

この定義に従えば、説得には、親が小さな子供に野菜を食べるように促したりすることから、政府が国民にワクチン接種を促すことまで様々なことが含まれる。

また説得については古代ギリシアの哲学者、アリストテレスも、その著書『弁論術』の中で議論を行っている。彼によると、説得には以下の3つの要素がある。

・ロゴス(言論)

・パトス(感情)

・エトス(人柄)

である。評判の悪い人に筋違いのことを言われて嫌な気分になって納得する人など、だれもいないだろう。評判の良い人に、筋の通った言葉で、いい感じで話しかけられたら、おそらく考え方も変わるであろう。しばしば広告では、好感度の高い人が登場し、スキャンダルが起こると途端に広告から降りることになるが、これはパトスやエトスの面から考えれば、たしかに妥当な判断だとも言える。

進化心理学的に考える説得の技法

また説得に応じさせるためには、6つの大事な原理があるとの議論もある。

1つ目は相互性の原理で、これは何かをしてもらったらお返ししなければいけないという心理傾向である。いわゆる返報性の原理と言われるものになる。しばしばマーケティングでは無料サンプル提供などが行われるが、これは相互性の原理から考えると理にかなっている。

2つ目は一貫性の原理である。これは人は自分の行動に一貫性を持ちたがるという原理で、最初に「イエス」と言わせると、その後も「イエス」と言いたくなるような傾向を指す。小さなイエスを得ることが、この原理から考えると、やはり大事なのかもしれない。

3つ目は、社会的妥当性の原理である。私達は何かを判断するときに評判に基づいて決めることが多い。グルメサイトであれば星の数で判断するし、転職に当たってもよくよく評判を調べてから当たることになる。また大きな会社と取引があるという実績は契約にも繋がりやすい。この原理に従えば、説得に際しては、「みんな、そうしてますよ」といったアプローチが有効になる。

4つ目は好意の原理で、人は自分が好きな人の意見を受け入れやすいという傾向を指す。行為を持ってもらうには、相手と似ていることこと(同じ地方の出身、同じ趣味)や、自分自身に魅力があること、手助けしてくれることなどがある。

5つ目は権威の原理である。同じ説得であっても、一般の人が経済について語る場合と経済学の教授が経済に語る場合では説得力が違ってくる。

6つ目は希少性の原理である。これは手に入りにくいものは価値が高いと感じてしまう傾向であり、期間限定だとか、在庫がないだとかという情報で心が動きやすくなるものである。

好きな人の意見を聞いたり、偉い人のことを鵜呑みにすることは、人間が共同体の中で暮らしていくときに有利に働く気質である。それゆえ、これらの気質に沿ったアプローチは説得を行う上で有効なのではないかと論じられている(Cialdini, 2001)。

精緻化見込みモデル:理論と感情の使い分け

また説得については1980年代に、先述のCacioppoらにより、精緻化見込みモデルというものが提案されている。これは、私達が説得されるには二つのルートがあるという仮説である(Petty & Cacioppo, 1986)。

一つは中心ルートで、これは説得されるときに、じっくりと筋道を立てて論理的に考えるものである。もう一つは周辺ルートで、これは、誰が言っているのか、皆の反応はどうなのか、どんな雰囲気なのかというざっくりとした判断だけで説得されるものになる。では、この2つの経路のどちらを通るかは何で決まるのだろうか。

中心ルートを通るためには、モチベーションが高く、知識があって、時間があることが重要とされている。例えば就職活動や転職活動を考えてみよう。この時、会社の雰囲気や評判は大事であるが、雰囲気だけで決める人はいない。給与額や福利厚生、離職率なども調べてしっかりと判断するはずである。

それに対して保険や貯蓄については、人によっては判断が周辺ルートを通りやすい。皆が入っている保険だから、だとか、セールスの人が感じのいい人だから、だとかという理由で説得されることがある。

また理解力が高い人は中心ルートを通りやすく、理解力が低い人は周辺ルートを通りやすいとも言われている。しかし、中心ルートを通った場合にはその後も意見が変わりにくいが、周辺ルートで通った場合には意見が変わりやすいとも言われている。政治家や政党に対する態度は変わりやすいが、これは周辺ルートで投票するようなことも関係するのかとも勘ぐってしまう。

さらに、この関係性を考えると、周辺ルートで相手を説得させられない場合には、相手のモチベーションや知識を高めたり、時間に余裕があるときにアプローチするなどの施策が有効になるということになる。

この二つのルートについては、以下の図を参考にされたい。

藤原と神山, 1988, Fig. 1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜあの人は説得に応じてくれないのか

これとは別に、なぜ私達が説得に応じないかについて説明するモデルがある。私達が説得に応じない理由としては、自分の自由が脅かされることや、自分が騙されているかという懸念、そして変化するのが嫌だという3つの要因がある(Fransen et al., 2015)。

そして説得に応じない方法としては、説得を回避したり(娘の婚約者に会うことを避ける、など)、反論したり(聖書には論理的な矛盾点があるから改宗しない、など)、自己強化したり(頑なになったり、同じ意見の人同士で固まったり)、バイアス処理したり(相手の言っている効果は偶然だ、我が社(我が子)は大丈夫だ、など)などがあり、その関係性は以下に示すものと考えられている。

Fransen et al., 2015, FIGURE 1を参考に筆者作成

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このため、説得しづらい相手にアプローチするには、以下の方法が考えられるとされている。

・自分の自由が脅かされると考えている人

登場人物へ感情移入しやすいストーリーを提示することで、不安感を和らげる。説得意図は前面には押し出さない。

・欺瞞への懸念がある人

相手からの反論を想定して回答を準備しておく。また情報の正確性や客観性を高めて、情報提供に際してはネガティブな面も伝える。

・変化したくない人

自己防衛的になっているので、相手の長所に触れて、相手の自信やプライドを高めることで、自己防衛感を引き下げる。

まとめ

では、ここまでの内容をまとめてみよう。

・説得とは、相手の信念や態度、行動を変えようとするアプローチである。

・説得に当たっては、相互性、一貫性、社会的妥当性、好意、権威、希少性を意識することが重要。

・モチベーションや知識、時間がある人には、じっくり考えさせるアプローチが、それらがない人には直感的なアプローチが有効。

・相手が説得に抵抗する理由を把握した上で、適切なアプローチを取ることが重要。

おそらく、説得が得意な人というのは、どの業界であれ、上記の様々な理論を直感的に使いこなしているのではないだろうか。私も含め、センスがない人は上記の理論を参考にして、上手に世の中を渡っていきたいものである。

 

【参考文献】

Cacioppo, J. T., Cacioppo, S., & Petty, R. E. (2018). The neuroscience of persuasion: A review with an emphasis on issues and opportunities. Social neuroscience13(2), 129–172. https://doi.org/10.1080/17470919.2016.1273851

Cialdini, R. B. (2001). The science of persuasion. Scientific American, 284(2), 76-81.https://www.jstor.org/stable/26059056

Petty, R. E., Cacioppo, J. T., Petty, R. E., & Cacioppo, J. T. (1986). The elaboration likelihood model of persuasion (pp. 1-24). Springer New York.

Fransen, M. L., Smit, E. G., & Verlegh, P. W. (2015). Strategies and motives for resistance to persuasion: an integrative framework. Frontiers in psychology, 6, 1201. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2015.01201

藤原武弘, 神山貴弥. (1989). 説得における Elaboration Likelihood Model についての概説. 広島大学総合科学部紀要. III, 情報行動科学研究12, 45-54.

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