バーチャルリアリティを介した失調症状への介入:「mediVR神楽」の介入効果に関する考察③
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なぜ「神楽」によるリーチ訓練で失調症患者の立位歩行能力に改善が見られるのか?

我に支点を与えよ、さらば地球を動かさん。

      アルキメデス:哲学者

先日「神楽」によるデモを見させていただいた。

https://www.facebook.com/sinkeikagaku/posts/3540846172650218

前述の記事で記したようにわずか10分間の介入で小脳性運動失調症の患者さんは汗だくになり、介入後には上肢機能のみならず立位歩行能力にも改善が認められた。

小脳性運動失調は臨床場面でも介入が非常に難しいものであるが、なぜ短時間の介入で目に見える効果を上げることができたのだろうか。

今回は小脳の機能解剖学的観点からその理由を考えてみよう。

もしリハビリ室のセラピストがドラッカーの『マネジメント』を読んだら

さて小脳の機能解剖学的な話に入る前にマネジメントという概念について考えてみよう。

というのもセラピストの仕事というのは本質的にマネージャーだとも考えられるからだ。

目指すべき目標に向かって、限られた時間で、患者さんのモチベーションを上げ、確実に結果を出す。

そう考えると野球部の女子マネでもないが、セラピストがマネジメントという概念を理解することは決して損にはならない。

このマネジメントであるが、その有名な概念として「ボトルネック」というものがある。これは工場の一連の生産の流れをイメージしてもらえばわかりやすい。

どんなに生産性の高い高性能の機器を持っていたとしても、最終出荷時に手作業でノソノソやっていたら生産性はダダ下がりしてしまう。

瓶の口でもないが、瓶から出せる液体の量は瓶の大きさではなく瓶の口、ボトルネックで決まってしまう。

これを一般化すれば、あるシステムの能力は、そのシステムの中で最も能力の低いサブシステムに規定されるということになる。

とはいえ逆に考えれば、最も能力が低いところにテコ入れすれば、システム全体の能力も飛躍的に上がるということになる。それゆえボトルネックは別名レバレッジポイントとも言われる。

さて、では臨床で介入に難渋することの多い小脳性運動失調のレバレッジポイントはどこになるのだろうか?

なぜリーチ訓練で失調症状が軽減するのか?

とはいうものの、小脳の機能は非常に複雑であり、小脳性運動失調と一言で言ってもその症状は決してひとくくりにできるものではない。

この記事では私がデモで見せてもらった姿勢制御の問題が大きい小脳性失調症のケースについて考えてみよう。

この患者さんは、立ち上がりは軽介助から中等度介助、立位保持が中等度介助、歩行が重介助レベルの運動性失調症状を示していた。上肢のコントロールにも問題があったが姿勢制御の問題に比べれば比較的軽度であった。

立ち上がりにしても歩行にしても、「神楽」を行う前は、頸部と眼を過剰に固定していたものが、神楽介入後は良い意味での緩みが出て、体の全体の動きと眼と頸部の動きがリンクするようになっていた。

「神楽」による介入時間はわずか10分間であったので、おそらくこの介入はレバレッジポイントをついていたと考える。

しかしそのレバレッジポイントはどこだったのだろうか。まず小脳とはなにかというところで考えてみよう。

小脳とはなにか?

小脳とはなにかという問いはあまりに漠然としているが、あえて定義するなら様々な情報をもとに運動を制御するシステムだと言えよう。

今回のケースで問題になった姿勢制御に注目すれば、以下の概念図がわかりやすい。

私達は立ったり歩いたりして体を動かしているが、私達を取り巻く環境というのは複雑であり、状況に合わせて適宜カラダの使い方をコントロールしていく必要がある。

小脳というのはリアルタイムの感覚情報や今までの運動経験をもとに体をベストな方法で動かせるように調整してくれる。

小脳に入ってくる情報は様々ではあるが、以下前庭系に着目して考えてみよう。 

前庭系

私達の耳の奥には前庭器官と呼ばれるものがある。

これは体の傾きや加速度というものをチェックしては中枢神経に送る働きをしている。

私達は車が急発進したり急停止したり、あるいはぐるぐると回ったりする感覚を感じて動くことができるが、これは耳の奥にある前庭器官が情報をキャッチして中枢神経に送ってくれるからである。

上の図のように前庭器官の情報は中枢神経に送られるのだが、前庭器官と小脳の関係に絞ってざっくり示すと以下のようになる。

また上の図には書かれてはいないが前庭器官からの情報は脳幹を伝って眼球運動の調整にも使われる。

つまり耳と眼がつながっているような作りになっており、体の揺れと同期して眼が動くことで、体が動いても視野が一定するような仕組みになっている。

「神楽」による失調症患者の立位歩行能力の改善:仮説的機序

今回私が見学させてもらったあるケースでは、「神楽」によるリーチ訓練で立位歩行能力に改善が見られていた。しなしながらなぜリーチ訓練で立位と歩行が良くなるのだろうか?

以下は私の仮説であるが、これは「神楽」によって普段使われることの少ない前庭系へ十分な刺激が加えられたからだと考える。

一般に小脳性運動失調で姿勢障害の顕著なものは、座位で立位でも代償的に体を過剰に固定する傾向がある。

そのようなケースではバランスを崩さないように、体の揺れを最小限にして一日を過ごすことになる。結果、前庭系への刺激も最小限になってしまう。

具体的には前庭系へ十分な刺激が入力されないため、小脳や脳幹、大脳への情報入力や、さらにはそこからの情報出力も少なくなり、体の揺れに合わせて眼や頸部、体幹を協調させる経路が十分に働いていない状態になる。

とはいえ、刺激を入れたいがために、治療の場でむやみに動かしていいというものでもない。

不適切な介入では不安や恐怖を引き起こし、介入自体が負の学習に向かうこともあるし、眼や頸部の固定という代償方略を強めてしまう可能性もある。

これに対して「神楽」の良いところは、患者の最大可能なリーチ範囲を求め、座位という安定した状況で、可能な範囲で最大限ダイナミックな動きを促し、前庭系へ十分な刺激を与えられることである。

このことで普段使われていない経路が重点的に賦活されることで、短時間で大きな変化を促せるのではないだろうか。

無論、他にも様々な機序が関係しているとは思われるが、前庭系へ適切な負荷を与えられるのは、「神楽」の大きな強みと考えられる。

また「神楽」はリーチ訓練に際して様々な奥行き情報を与えることができるが、次回はこの奥行き情報と頭頂葉を中心とした神経生理学的機能について検討する。

 

付記:

小脳については以下の記事が大変参考になります。有料ですが良質の情報が盛り込まれていますのでおすすめです。

脳画像×小脳機能 ~視覚で学ぶ!~

脳画像×運動失調 ~視覚で学ぶ~

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