目次
はじめに
私達は欲望の生き物です。欲しいものがあれば取りに行き、やりたいことをするためなら努力を惜しまない生き物です。そして脳の中には、報酬系と呼ばれる、欲望を叶える仕組みがあります。しかし、報酬とはそもそもどのようなものなのでしょうか。また脳の中の報酬系はどのような仕組みで動いているのでしょうか。今回の記事ではこれらの点について考えてみたいと思います。
報酬とは
報酬系の仕組みを説明する前に、そもそも報酬とはどのようなものかを考えてみましょう。
心理学的には、報酬には大きく分けて2つあることが考えられています。
一つは一次報酬で生存や生殖に直接役立つものです。具体的には、食べ物、水分、性的対象です。
武論尊著「北斗の拳1巻」集英社
これらは人間だけでなく、動物全般が報酬としてみなすものになります。
そしてもう一つの報酬が二次的報酬と呼ばれるものになります。これは一時的報酬と紐づけられたもので、お金や地位、称賛などがこれに当たります。お金も地位も直接食べたり飲んだりできるわけではありません。しかし、お金があれば飢えを凌ぐことができますし、地位や美しさがあれば、性的対象をゲットして、子孫を増やすうえで有利になります。それゆえ、二次的報酬も一時的報酬と同じように、わたしたちの欲望を掻き立てることになります。
真鍋昌平著「闇金ウシジマくん29巻」小学館
報酬系の役割とは?
進化論的には生物の究極的な目的は2つあります。それは、生き延びることと子孫を増やすことです。そして報酬系の役割はこれらの目的を叶えることになります。ではわたしたちが生き延び、子孫を増やすために大事なものとはなんでしょうか?
一つは学習です。自然界であれば獲物の取り方や敵からの逃げ方を学ぶことで生き延びる確率を上げることができます。人間であれば、あるアプローチで契約を取ることができれば、学習につながりますし、SNSに何かを投稿して、いいねがいっぱい付けば、SNSを見る頻度が上がります。このように私達の報酬系は報酬をより多く得られるように、報酬を糧として様々なことを学習していきます。
2つ目に大事なのは接近行動です。欲しいものをほしいと思っているだけでは手に入れることができません。美味しいものを食べたかったら、車や電車に乗って出かけなければいけませんし、好きな人がいれば遠くから見ているだけではなく、近づく必要があります。報酬系は報酬を手に入れるために、わたしたちの足を一歩前に出す働きがあります。私達の行動を駆り立てる仕組みが報酬系なのです。
3つ目に大事なのは、意思決定です。買うか買わないか、行くか行かないか、結婚するかしないかの意思決定をすることで人生が展開していきます。そしてこの意思決定を促すのが報酬系です。欲望がないところでは意思決定もありません。スルーするだけです。何から箸をつける、どんなサイトを見る、どんな小さな異決定でもそこには欲望が関係していて、報酬系がその黒幕として活動しています。
そして4つ目に大事なのがポジティブな感情です。生存に役立つものはポジティブな感情を生み出すように私達の心と体は設計されています。お腹が減っている時にご飯を食べれば美味いと感じ、喉が乾いているときの一杯の水は喜びを引き起こします。妊娠や出産は女性にとっては大きなリスクが伴いますが、好きな人と過ごす時間や性行為はそれを圧倒するほどのポジティブな感情を引き起こします。報酬系は報酬となるものにポジティブな感情を引き起こすことで、生存や生殖が有利になるように仕掛けているのです。
報酬系の仕組み
このように報酬系は様々な感情や行動を引き起こしますが、これらを動かしているのが下に示す脳の仕組みになります。
報酬系は脳全体に張り巡らされたネットワークです。
このネットワークは中脳黒質緻密部を起点としてドーパミンによってコントロールされています。
側坐核が活動すると、快楽や学習、モチベーションなどに関わる様々な物質が分泌されて私達の心や体が変化します。具体的にはオピオイド(脳内麻薬;快楽)やドーパミン(覚醒向上;モチベーション)、グルタミン酸(学習・記憶)、GABA(不安の緩和)などです。
線条体は報酬の評価に関わります。私達の脳は報酬の価値を覚えていて、常にそれを予測します。例えば、あのレストランでステーキを食べるとこれくらいの旨さだろうだとか、このテレビ番組はこれくらい面白いだろうなどと、常に予測しているのです。そしてこの予測が上回れば(予想以上に美味しかった、あるいは面白かった)、それはより高い価値として認識され、記憶に残り、わたしたちの行動を変えることになります。当然、予想していたよりも美味しくなかったり、面白くなければ、お店から足が遠のき、その番組を見ることもなくなります。こういった報酬の予測と評価、学習と行動変容に絡んでいるのが線条体です。
また報酬系が回りだすと私達の頭の回転も早くなります。欲しいものを手に入れるためにはぼんやりしてはいられません。しばしばアルコール依存症者は、お酒を手に入れるためなら、天才的な知恵を働かせると言われていますが、報酬系は知性の中枢、前頭前野に働きかけることで私達の知能をブーストしています。
このように、報酬系は、報酬を手に入れ、生存と生殖が有利となるように脳全体に働きかけているのです。
まとめ
このように私達の感情や行動、学習は報酬系によって調整されています。生き延び、子孫を増やし、命をつなぐためには欲望が必要です。そして、その欲望をコントロールしている仕組みが報酬系です。
ただし、報酬系は太古の時代に仕上がった仕組みです。現代では報酬系が誤作動を起こし、依存症や肥満などの問題を引き起こすことがありますが、これについてはまた稿を改め説明したいと思います。
【参考文献】
Arias-Carrión, O., Stamelou, M., Murillo-Rodríguez, E., Menéndez-González, M., & Pöppel, E. (2010). Dopaminergic reward system: a short integrative review. International archives of medicine, 3, 24. https://doi.org/10.1186/1755-7682-3-24
Schultz W. (2015). Neuronal Reward and Decision Signals: From Theories to Data. Physiological reviews, 95(3), 853–951. https://doi.org/10.1152/physrev.00023.2014