恋の痛みの脳科学
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はじめに

人は誰しも心の痛みを避けたいと願うが、人生では避けられない苦しみもある。中でも失恋は心に大きな傷を残す。この失恋による「心の痛み」はどのようなメカニズムで生じているのだろうか。

本記事では、失恋によってもたらされる心の痛みについて、脳科学的な観点から行われた研究を紹介する。失恋が脳に与える影響と感情の関連性を探ることで、この苦しみの本質に迫りたい。

社会的拒絶と身体的痛みの共通基盤

心と体の痛みは同じように感じられるのだろうか。この疑問に答えるべく、コロンビア大学の心理学者イーアン・クロスらの研究グループが興味深い実験を行った。

彼らは失恋して間もない男女40人を対象に、別れた恋人の写真を見せる課題と、手に熱刺激を与えて痛みを加える課題を行い、その時の脳活動を比較した。すると、痛みに関わる脳領域である島皮質、前帯状皮質、二次体性感覚野で共通した活動が見られた(Kross et al., 2011)。このことから、心の痛みと体の痛みは共通の神経基盤を持っていると考えられた。

Kross et al., 2011, figure 2を参考に筆者作成

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、同研究グループによるその後の調査で、より詳細に見てみると違いも明らかになった(Woo et al., 2014)。失恋の痛みでは心の理解に関わる脳領域(下前頭回、側頭頭頂接合部)の活動が主立っていたのに対し、体の痛みでは感覚的な処理に関わる脳領域(島皮質など)の活動が主だったのだ。

つまり、心と体の痛みは大まかには共通点が多いものの、完全に同じとは言えないようだ。興味深いことに、この「痛い」という表現は日本語だけでなく、英語でも”My heart aches”、中国語でも「我心痛」というように、同様のニュアンスで伝えられる。私たちは直感的に、心の痛みと体の痛みが似ていることを感じ取っているのかもしれない。

失恋と依存症

失恋の痛みは、薬物依存の脳と類似していることが研究で明らかになっている。恋愛研究の権威であるフィッシャー博士らは、別れて2ヶ月以内の大学生を対象に実験を行った。被験者に元パートナーの写真を見せたところ、欲望に関連する脳内報酬系(線条体、腹側被蓋野、側坐核)と理性をつかさどる前頭前野の活動が高まったのである(Fisher et al., 2010)。

脳内報酬系は、喜びの感覚に関わるLiking(好きだ!)システムと、渇望や探求する衝動に関わるWanting(欲しい!)システムの2つで構成されている(Robinson et al., 2015)。この2つは同時に働くこともあるが、別々に機能することもある。例えば、やめたくてもやめられない習慣は、Wantingシステムが優位に立っている状態と言えるであろう。

脳内報酬系

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、失恋時に見られる前頭前野の活動は、別れた相手への渇望や探索衝動をコントロールしようとする心の働きを反映していると考えられている。

失恋は心身に大きな影響を及ぼすが、時間の経過とともに徐々に回復していくものである。しかし、その過程で感じる痛みや苦しみは、薬物依存からの離脱症状に近いものがあるのかもしれない。

失恋と脳内麻薬

営業や恋愛において、相手から拒否されることは恐怖や痛みを伴うものである。興味深いことに、脳内麻薬がこれらの感情の緩和に関与しているという報告がある。米国の神経心理学者であるスー博士らの研究グループによれば、社会的拒絶を受けた際に脳内麻薬の一種であるオピオイドが脳に作用していることが示されている。

オピオイドは、痛みを鎮め、不安を和らげ、多幸感を引き起こす効果がある。手術で使われるモルヒネもオピオイドの一種である。実験では、被験者がオンラインデートを模した課題で社会的拒絶を受けた際、PETを用いて脳の特定の領域でオピオイド受容体が活性化することが示された(Hsu et al., 2013)。これらの領域には痛みや感情に関連する部位が含まれており、オピオイドが関与していることが明らかになった。

さらに、レジリエンス(ストレスからの回復力)が強い人ほど、このオピオイド受容体の活性化が強いことも報告されている。社会的拒絶から立ち直るためには、脳内麻薬の一種であるオピオイドが重要な役割を果たしている可能性が高い。

ちなみに、オピオイドシステムは幼少期に保護者との安定した関係を築ることで育まれ、他者との安定した愛着関係を築く能力にも影響を与えることが知られている。親子関係の質が失恋場面でのレジリエンスにどのように関連しているのか、興味深い研究テーマでもある。

まとめ

ではここまでの内容をまとめてみよう。

・失恋の痛みで引き起こされる脳活動は体の痛みと似た部分がある。

・失恋した相手を見ているときには薬物依存症のような脳活動が引き起こされる。

・失恋の痛みの緩和には脳内麻薬が関わっている。

しばしばニュースになるストーカー事件は、一見不可解なように思えるが、依存症の文脈から見ると十分あり得ることなのかなと思う。恋は麻薬である。その取扱には十分注意したい。

 

【参考文献】

Fisher, H. E., Brown, L. L., Aron, A., Strong, G., & Mashek, D. (2010). Reward, addiction, and emotion regulation systems associated with rejection in love. Journal of Neurophysiology, 104(1), 51–60. https://doi.org/10.1152/jn.00784.2009

Hsu, D. T., Sanford, B. J., Meyers, K. K., Love, T. M., Hazlett, K. E., Wang, H., Ni, L., Walker, S. J., Mickey, B. J., Korycinski, S. T., Koeppe, R. A., Crocker, J. K., Langenecker, S. A., & Zubieta, J. K. (2013). Response of the μ-opioid system to social rejection and acceptance. Molecular psychiatry18(11), 1211–1217. https://doi.org/10.1038/mp.2013.96

Kross, E., Berman, M. G., Mischel, W., Smith, E. E., & Wager, T. D. (2011). Social rejection shares somatosensory representations with physical pain. Proceedings of the National Academy of Sciences108(15), 6270-6275. https://psycnet.apa.org/doi/10.1073/pnas.1102693108

Robinson, M. J., Fischer, A. M., Ahuja, A., Lesser, E. N., & Maniates, H. (2016). Roles of “Wanting” and “Liking” in Motivating Behavior: Gambling, Food, and Drug Addictions. Current topics in behavioral neurosciences27, 105–136. https://doi.org/10.1007/7854_2015_387

 

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