精神疲労の脳科学:なぜ頭を使いすぎると疲れるのか?
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はじめに

人間生きていると、どうしても無理をしなければいけない時が来る。いっときの無理であれば、少し休めば回復することもできるが、これが続くと慢性的な疲労となって身動きが取れなくなることもある。疲労については身体的な疲労と精神的な疲労に分けることもできるが、今回の記事では精神的な疲労について、その定義と脳科学的メカニズムについて深掘りしてみたい。

精神疲労とは?

精神疲労というのは端的に言えば、頭を使いすぎから来る疲労である。しかし、精神疲労について論じる前にそもそも疲労とは何かについて考えてみよう。いくつかの文献をめくってみたものの、実は疲労についてはいまだはっきりとした定義がなされていない。というのも、疲労感にはその程度から症状まで非常に幅が広いため、一つの概念としてまとめるのが難しいようなのだ。そのため、ここでは日本疲労学会の定義を一つあげておこう。

「疲労とは過度の肉体的および精神的活動、または疾病によって生じた独特の不快感と休養の願望を伴う身体の活動能力の減退状態である」(日本疲労学会, 2008)

平たい言葉に直せば、疲労というのは身体を使いすぎたり、頭を使いすぎたり、あるいは病気になったりして、「もう出来ない、頑張れない、休みたい」と感じるような状態ということになる。そして精神疲労というのは、頭を使いすぎることから来る疲労であり、その症状としては以下のものがある(Johansson et al., 2010)。

・全般的な疲労
・自発性の欠如
・精神的疲労
・精神的回復
・集中力の障害
・記憶障害
・思考の遅さ
・ストレスに対する感受性
・情緒的傾向の増加
・被刺激性
・光と騒音に対する感受性の変化
・睡眠の減少または増加

最近、どうも頑張れないという人は、上記の項目で引っかかることろがないか見てほしい。

精神疲労のメカニズム

では、この精神疲労というのはどのようにして引き起こされるのだろうか。精神疲労については一過性の急性精神疲労と、6ヶ月以上続く慢性精神疲労があるが、この二つの精神疲労を統合的に捉えるものとして以下の二重制御モデルが注目されている。

Ishii et al., 2012 Figure 3を参考に筆者作成

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これを分かりやすく捉えるために、例えば片手で重いバケツを持っているところを想像してほしい。バケツを持っているときには、落としてはならない気持ちがあり、ぐっと筋肉に力が入る。とはいえ、あまりに重すぎると筋肉を痛めてしまう可能性もあるので脳は筋肉を緩めるようにも信号を送る。この二つがせめぎ合って、前者が勝っていればバケツを持ち続けることができるし、後者が勝ってしまえばバケツを落とすことになる。さらにいえば、筋肉に力が入るかどうかは状況によっても変わる。バケツを持ち続けていたら賞金1000万円のような状況では、普段よりもより強く長く力が出せるはずである。

これは頭を使う場合も一緒で、勉強するにしても仕事をするにしても、頭に負荷がかかると、気持ちを高めるシステム(精神賦活システム)と気持ちをげんなりさせるシステムの二つに刺激が入る。前者がより強く働けばパフォーマンスは高くなるが、後者がより強く働けばパフォーマンスは下がってしまう。つまり疲れて勉強や仕事がはかどらない状態である。

さらに頭に負荷がかかる状態が長く続くと、身体の基本設定が変わってしまって慢性的に頑張れない状況になってしまう。具体的には精神抑制システムが強く働くようになり、精神賦活システムの働きが弱ってうまく働かなくなってしまう。その結果、ちょっとしたことでも疲労感が生じ、頑張れなくなってしまうという状況になる。

精神疲労と脳の関係

精神賦活システムは頑張らせるための仕組みであるが、これは脳の中では報酬系として実装されているのではないかと考えられている。報酬系というのは私達を欲しい物を手に入れさせるために頑張らさせるシステムで、脳の奥深くにある大脳基底核や、感情に係る大脳辺縁系、さらには知性に関わる前頭前野が結ばれてできている。欲しい物を手に入れたいときには気力だけでなく知力も高まるが、これは報酬系が働いて前頭前野の働きが高まるためである。

Ishii et al., 2012 Figure 1を参考に筆者作成

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なにか課題を行うときにも、ちょっとチャレンジングなものであれば報酬系が働いて精神賦活システムが回りだす。さらにその課題を行うことで褒めてもらえたりお金をもらえたりすれば、精神賦活システムはもっと回りだすだろう。その結果として課題のパフォーマンスも上がることになる。

これに対して精神抑制システムは、パフォーマンスを下げる方に働く。このシステムは主に、主観的感情を司る脳領域で構成されているのではないかと考えられている。具体的には主観的な感覚(辛い、悲しい、苦しいなど)に関わる島皮質や、その主観的感情をモニタリングする後帯状皮質などである。なにか課題を行うときには、精神賦活システムだけでなく、こちらの精神抑制システムも回りだす。こちらのシステムの働きが相対的に強すぎるとパフォーマンスは落ちることになる。

Ishii et al., 2012 Figure 2を参考に筆者作成

 

 

 

 

 

 

 

精神疲労という訳では無いが、昔、リハビリテーション業務を行っていた頃、大変患者さんを頑張らせるのが上手な上司がいた。やっている訓練内容は結構えげつないくらいにキツイのだが、常に笑顔を絶やさず楽しい気分を演出して、患者がうまくできたときには積極的に褒めてテンションを上げていた。今考えると、精神抑制システムの働きを弱めて、精神賦活システムの働きを上げていたのかなとも思う。こういったやり方はリハビリテーションだけでなく、実際のオフィス業務でも応用できそうな気もする。

まとめ

では、ここまでの内容をまとめてみよう。

・精神疲労は、認知負荷が許容範囲を超えてかかることで生じる反応である。

・精神疲労では認知機能の低下に加えて感情、睡眠、知覚感受性も変化する。

・精神疲労は精神賦活システムと精神抑制システムのバランスによって説明できる。

次回の記事では、具体的な精神疲労の実証研究について取り上げたい。

 

【参考文献】

Ishii, A., Tanaka, M., & Watanabe, Y. (2014). Neural mechanisms of mental fatigue. Reviews in the Neurosciences, 25(4), 469-479. https://doi.org/10.1515/revneuro-2014-0028

Johansson, B., Starmark, A., Berglund, P., Rödholm, M., & Rönnbäck, L. (2010). A self-assessment questionnaire for mental fatigue and related symptoms after neurological disorders and injuries. Brain injury, 24(1), 2–12. https://doi.org/10.3109/02699050903452961

 

日本疲労学会. (2008). 抗疲労臨床評価ガイドライン.

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