正義と懲罰の脳科学:なぜあなたは罰したいと思うのか?
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はじめに

私たちは時として、自己の利益を犠牲にしてでも他者を罰する行動を取ります。社会心理学の観点から見ると、このような罰の行動は、社会におけるフリーライダー(利益だけを享受し、負担を負わない人々)を減らし、協調的な行動を促進する効果があると言われています。しかし、私たちが他人を罰したいと感じたとき、私たちの脳はどのように機能しているのでしょうか。この記事では、懲罰行動を脳科学的に調査した研究を紹介します。

懲罰行動に関わる脳内ネットワーク

私たちが他人を罰したいと思う背後にはどのような心理的枠組みがあるのでしょうか?米国の神経心理学者であるデュ博士によれば、不公平感、費用対効果、そして共感性が関与しているとされています(Du & Chang, 2015)。他人がずるい行動していると感じるとき、不公平感が生じます。また、他人を罰する際には、その行動に伴うリスクと労力を考慮するため、費用対効果の計算が必要になります。さらに、他人の被害を見て許せないと感じるためには、共感性が必要となります。

そして不公平感には、ネガティブな刺激に反応する扁桃体や、より高次の情動を制御する前部島皮質が関与しています。また、費用対効果については、理性と感情を調和させる脳の領域である腹内側前頭前野が関与しているとされています。さらに、共感性、つまり他人の痛みを自分の痛みとして感じる脳の領域として、前帯状皮質吻側部や島皮質が関与しており、これらの領域が懲罰行動に関連する主要な脳領域であると考えられています(Du & Chang, 2015)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当事者による懲罰と第三者による懲罰の違いとは?

 

また誰かを罰したいという感情には、被害の当事者が抱くものと、第三者が抱くものがあります。自分が直接被害を受けたときには当然やり返したいと感じますし、自分が直接被害を受けたわけでもないのに、義憤遣る方無く、加害者を罰したいと感じます。マックス・プランク研究所の Bellucci博士らの研究グループは当事者による懲罰(第二者懲罰)と第三者による懲罰(第三者懲罰)に関わる脳活動の違いについて、過去に行われた47本(被験者1,188名)の研究データを元に詳しく調べてみました。

その結果、第二者懲罰では情動に関わる脳領域である前部島皮質が、また第三者懲罰では心の理解に関わる右側頭頭頂接合部が活動が高くなる傾向があることが示されました(Bellucci et al., 2020)。その理由として第二者懲罰では、直接被害を受けるため、その苦しみの大きさが行動基準になるものの、第三者懲罰では、被害者の心を推測することによって行動が引き起こされるためではないかと論じられています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶対的懲罰者と条件付き懲罰者の違いとは?

他人を罰する行動を取るとき、場の雰囲気に関係なく、絶対に罰するタイプと、状況を見て罰行動に参加するタイプが存在します。誰かを罰することは無料ではありません。時間とお金が必要で、場合によっては反撃されるリスクもあります。しかし、多くの人が一緒に罰する状況では、これらのコストとリスクは分散され、小さくなります。したがって、絶対に罰するタイプは、大きなコストを払ってでも罰する人であり、状況を見て罰行動に参加するタイプは、コストが少なければ罰行動に参加する人と解釈できます。また、これらの罰行動を取るタイプ以外にも、どんな時でも罰行動を取らないタイプも存在します。

スイスのベルン大学の神経心理学者であるBaumgartner博士の研究チームは、これらの罰行動のタイプの違いが脳の大きさとどのように関連しているかを調査しました。彼らの実験では、罰行動課題を実施し、場の雰囲気に関係なく、一人であっても罰行動を取るタイプ、場の雰囲気を読んで他人が罰行動を取る場合に参加するタイプ、そして罰行動を取らないタイプの3つのタイプの人々の脳の形状を調査しました。それぞれの結果は興味深いものでした。

絶対に罰行動を取るタイプは、社会的認知に関連する右側頭頭頂接合部の体積が大きく、状況を見て罰行動に参加するタイプは、戦略的推論に関連する右背外側前頭前野の体積が大きいことが示されました。さらに、絶対に罰行動を取るタイプと罰行動を取らないタイプの両方で、報酬やモチベーションに関連する領域である尾状核の体積が大きいことも示されました(Baumgartner et al., 2021)。これは、罰行動を取るタイプは社会的報酬を強く求め、罰行動を取らないタイプは非社会的報酬(時間や金銭)への欲求が高いことに関連していると考えられます。

 

 

 

 

 

 

おわりに

このように懲罰行動には様々な脳領域が関わっているようです。自分が直接被害を受けたわけではないのに懲罰行動を取る背景には共感性や報酬に関わる脳の仕組みが関与しています。このような懲罰行動は確かに社会を維持する役割もありますが、場合によっては必要以上の処罰を与えるリスクもあります。ハンムラビ大王は「目には目を、歯に歯を」というルールを制定しましたが、これは行き過ぎた人間の処罰欲求を抑えるためのものとも考えられます。

義憤遣る方無い思いになることもあるかとは思いますが、処罰欲求といえども欲求は欲求です。食欲、性欲、物欲と並ぶ欲求の一種類です。義憤は大事ではありますが、理性を持ってうまく付き合っていきたいものです。

 

【参考文献】

Baumgartner, T., Hausfeld, J., Dos Santos, M., & Knoch, D. (2021). Who initiates punishment, who joins punishment? Disentangling types of third-party punishers by neural traits. Human brain mapping42(17), 5703–5717. https://doi.org/10.1002/hbm.25648

Bellucci, G., Camilleri, J. A., Iyengar, V., Eickhoff, S. B., & Krueger, F. (2020). The emerging neuroscience of social punishment: Meta-analytic evidence. Neuroscience and biobehavioral reviews, 113, 426–439. https://doi.org/10.1016/j.neubiorev.2020.04.011

Du, E., & Chang, S. W. (2015). Neural components of altruistic punishment. Frontiers in neuroscience, 9, 26. https://doi.org/10.3389/fnins.2015.00026

 

 

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