ヒトはなぜ助け合うのか?チンパンジーとの違いから考える
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はじめに

人間は「助け合う」能力が非常に高い。この助け合いの心があったからこそ、太古の昔はマンモスを仕留めることができただろうし、大災害にあったときにも生き延びてくることができたのだろう。

しかし、この助け合いの心は心理学的にはどのようなものなのだろうか。本稿ではヒトとチンパンジーとの違いに着目してこれを考えてみたい。

チンパンジーの助け合い

助け合い行動はヒトの専売特許というわけでもなく、他の動物にも見られるものではある。そしてその中でもチンパンジーは比較的助け合い行動が多いことが知られている。

例えば、野生のチンパンジーであれば協力して獲物を取ったり、互いに毛づくろいすることがある。また母親以外のチンパンジーが子育てを手伝うという点でもヒトとよく似ている。

しかし実験室での研究からは、チンパンジーの協力行動にはヒトとは異なる特徴があることも分かっている。

まず、チンパンジーの協力は基本的に受動的である。ヒトは他者の状況を察して自発的に手助けすることがあるが、チンパンジーは通常、相手からはっきりと要求されない限り手助けすることがない。

次に、チンパンジーは狩猟や子育てなどの場面では協力的だが、食物が関わると利己的になる傾向がある。食物の共有は、相手から積極的に要求された場合だけに生じることが多い。さらに、チンパンジーの協力行動の動機は、必ずしも他者への共感ではなく、相手からの嫌がらせを回避するためである可能性も指摘されている。

このように、チンパンジーの協力行動は「受動的」であり、「食物以外の文脈に限定される」という点で、ヒトの協力行動とは異なる可能性がある。

助け合いの心理的要素

ヒトとチンパンジーでこのような違いがある理由としては、助け合い行動が異なる3つの心の仕組みからできているからではないかと考えられている。

まず一つは共感である。人間は何も考えることなく、相手の心を察することができる。泣いている人を見れば悲しくなり、嬉しそうな人を見ればこちらも嬉しくなるが、これは人間が進化の過程で身につけた共感能力によるものである。

二つ目は心の理解である。人間は共感することがなくても相手の心を察することができる。相手が置かれた状況を考え、シャーロック・ホームズのように相手の心を推理することができるのだ。これがあるからサイコパスのような共感能力がない人間でも、社会の中でうまくやっていくことができる。

三つ目は向社会性と呼ばれる心の傾向である。これは相手と関わりたい、相手と繋がりたいと思う気持ちで、進化的には母子関係から発達してきたものだと考えられている。例えば犬や鳥類のような動物であれば共感能力や心の推理能力もないのだが、本能的に子どもの世話をする。また種によっては群れを護るために戦うこともある。これには母性ホルモン、オキシトシンが深く関わっているとされる。

Yamamoto、2017, figure 2を参考に筆者作成

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒトやチンパンジーに見られる助け合い行動はこれら3つの要素の様々な掛け合わせで生まれてくるのではないかとも論じられる。

例えば相手の心を理解する能力と向社会性があれば、クールに的を絞った支援ができることになる。また共感能力と向社会性があれば、意気投合したミュージシャンのようにコラボレーションが生まれることもあるだろう。そして共感能力と心の理解能力が組み合わされば、話を見聞きして「わかる~」と相手の心を肚に落とすこともできるだろう。

チンパンジーとヒトが助け合い行動で異なるのは、上記の3つの要因のうち、共感性が不十分ではないかと考えられる。

共感性に関わる体の仕組み

チンパンジーとヒトの助け合い行動は似ているが、違う点もあり、これは共感性に関わる機能の違いとして考えることができる。では共感性に関わる脳の仕組みとはどのようなものなのだろうか。

私達の脳には目で見た情報を体の感覚に変える仕組みがあり、これはミラーニューロンシステムと呼ばれている。一言で言えばこれはモノマネシステムで相手の体の動きを自分の体の動きとしてコピー&ペーストできる仕組みである。

ミラーニューロンシステム

 

 

 

 

 

 

 

 

ただし、このコピー&ペーストの際には体だけではなく、心もコピー&ペーストされることになる。というのも、私達の心は体と連動しているからである。例えばギュッと腕を曲げて力こぶを作ってみよう。そうすることで気持ちは高ぶり、挑戦的な気分になれるだろう。あるいは箸を口に挟んで口角を上げた状態でお笑い動画でも見てみよう。いつも以上に面白いと感じることもあるかも知れない。

このような心と体の関係は、古くは19世紀から提唱され、「ジェームズランゲ説」として知られている。つまり身体の状態が変われば心が変わる仕組みである。

ミラーニューロンシステムが働くことで、相手の体のあり様が自らの潜在的な体のあり方としてコピー&ペーストされる。そのことで心のあり方も変わるため、相手の悲しみを自分の悲しみのように、相手の欲求を自分の欲求のように感じられる。

このミラーニューロンシステムはヒトにおいて発達を遂げているため、ヒトの共感能力は他の霊長類と比べても非常に高く、それゆえ協力行動のバリエーションも広くなったのではないかとも考えられる。

まとめ

このように協力行動は、複数の要因が絡んでいる。それは共感能力だったり、心の推理能力だったり、世話をしたいという本能的な衝動などであるが、これらが混じり合うことで様々な助け合い行動が生まれることになる。

人間社会は複雑であり、その助け合いは本能だけで行うと不具合を生じることもあるだろう。時にはマキャベリ的知性も運用しつつ、調和の取れた社会を目指していきたい。

 

【参考文献】

Tomasello M. (2023). Differences in the Social Motivations and Emotions of Humans and Other Great Apes. Human nature (Hawthorne, N.Y.)34(4), 588–604. https://doi.org/10.1007/s12110-023-09464-0

Yamamoto, S., & Tanaka, M. (2009). How did altruism and reciprocity evolve in humans? Perspectives from experiments on chimpanzees (Pan troglodytes). Interaction Studies: Social Behaviour and Communication in Biological and Artificial Systems, 10(2), 150–182. https://doi.org/10.1075/is.10.2.04yam

Yamamoto S. (2017). Primate empathy: three factors and their combinations for empathy-related phenomena. Wiley interdisciplinary reviews. Cognitive science8(3), 10.1002/wcs.1431. https://doi.org/10.1002/wcs.1431

 

 

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